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あしたの鉄人

戦々恐々の日々

相方 1

 ケータイを片手に玄関の外に出て、階下を覗くと、前の歩道をきょろきょろしながら歩いて来る男の姿が見えた。

 欠かさず筋トレを続けている所為か、長らく続いた運送屋でのバイトによる為なのか、判断はつかないが、相変わらず男のガタイは良かった。

 身なりも小綺麗にしていて、一見するとジム通いを趣味にする実業家の様に見えなくもない。

 数ヶ月ぶりに見る相方の姿は、あの頃と何も変わっていなかった。

 懐かしさと嬉しさが込み上げてきて、僕の顔は自然に綻ぶ。

 一年くらい前にも、相方は我が家を訪ねて来てくれた。

 しかし今回、その時とは別のルートを使った為、相方は道に迷ったらしく、うちの近所から数分前に電話を掛けてきていた。

 僕はすぐにベランダに出て、相方の姿を探してみたものの、高層の建造物に視界を遮られ、彼を確認する事は叶わなかった。

 急に道順を説明するのが億劫になり、いつもの様に頭上を低空飛行している旅客機を見て「とにかく飛行機の飛んでる方にきてや」とだけ言って電話を切った。

 そんな雑な説明が罷り通るのも、相手が相方だからである。

 要らぬ気を此処まで廻さずに済む関係を、なかなか築けるものではない。

 当然の事ながら嫁さんと話す時でも、もう少しは心を砕く。

 相方もいい加減な僕の返答には、慣れたもので「はいー。また近くまで行ったら電話するわ」とだけ言った。

 相方から再び電話が掛かってくるまでの間、僕はベランダで煙草を吸う事にした。

 紫煙の隙間から絶え間なく秋空を横切ってゆく、飛行機の巨大な腹が見える。

 相方と久し振りに話した所為か、不意に数年前の事が思い出された。

 当時は思う様にならない現実に日々、無駄に疲弊していた様な気もするが、何故か蘇ってくる相方と過ごした時間は、どれもこれも楽しいと思える事ばかりだった。


 その日ー

 僕達は後輩の構成作家に連れられて、心斎橋にある“大阪プロレス”の道場に向かっていた。

 当時、あるライブで相方が様々な物を相手にプロレスの試合をすると言う企画が行われていて、それはなかなか評判が良かった様だ。

 椅子から始まった相方の対戦相手は、ライブを重ねる毎に傘やラジコン等に変化していった。

 僕は新日本プロレスのTシャツを着て、相方のセコンドに付き、試合が始まるとレフェリーとしてその試合を裁いた。

 前回のライブでは、相方の対戦相手はロープだった。

 ロープが、相方のチョークスリーパーに堪らずロープブレイクをすると言う混乱した試合を制し、相方がすかさずマイクを握って叫んだ。

「次はアメ車とやってやっぞ!バカヤロー!」

 相方の叫びに呼応して、劇場内に充満していた何かが弾け飛ぶ。

 ひしめき合った大勢の人達が、声を上げて一斉に笑い出す。

 辺りを見回すと、同じ舞台にいた芸人達も崩れ落ちて笑っていた。

 数百人もの人が同時に発する笑い声と言うのは、前向きな破壊力に満ち、迫撃弾でも間近で炸裂したかの様な衝撃さえ感じる。

 そのパワーは苛烈で、舞台の床が揺れ、機材に被われた天井すら軋んでいる様な錯覚さえ起こす。

 沸騰した気流の中心に自分が、存在している事が芸人として何より嬉しい。

 そしてこのうねりを、我が相方が起こしたのだと思うと、とても誇らしかった。

 数日後、そのライブの担当である構成作家から連絡が入った。

「次の試合を、アメ車とやるのは流石に無理です。その変わり、大阪プロレスの本物のレスラーとやってもらいます!」

 そんな構成作家の言葉を聞き、僕達は酷く混乱し言葉を失った。

 まず本物のプロレスラーが、若手の劇場に出演してくれる等と言う事は聞いた事がなかったし、

 三十を超えたオッサンが、椅子やロープと真剣にプロレスをやるからコントと言う範疇に納まるのであって、相手がレスラーとなれば、それはもうただの“試合”なのではないかと言う強い疑問が沸いてきたのだ。

 しかしすぐに自分達が置かれた状況の滑稽さに耐え切れなくなって、僕達は二人で爆笑した。

 僕も相方も熱心なプロレスファンで、会話の半分以上をプロレスの事が占めていた時期があった。

 そのため大阪プロレスの道場を訪れる前は浮かれてしまい、傍から見たら恥ずかしい程に二人ではしゃいだ。

 しかし大阪プロレスの道場に入った瞬間、自分達が思い描いていた展開が、大きく間違っていた事に気が付いた。

 レスラーの皆さんが優しく、僕達を道場に招き入れ、和気藹々と打ち合わせが進み、帰り際にサインでも戴いて帰れると僕は甘く考えていた。

 正直に言うとプロレスファンと言っても、僕も相方も、新日やノアや全日と言った所謂、メジャー団体の事にしか明るくなく、大阪プロレスの所属選手は、えべっさん、食いしん坊仮面、そして小峠選手と原田選手からなる“桃の青春タッグ”くらいしか知らなかったのだ。

 それなのに前夜に時間があったにも関わらず、舞い上がっていた所為で、大阪プロレスの事を事前に下調べもせずに此処へ来てしまっていた。

 しかも僕は胸にライオンマークがプリントされた新日本プロレスTシャツを着ていたし、相方は相方でグレートムタのTシャツを着ていた。

 これはよく考えると、阪神の法被を着て巨人の練習場に乗り込む様な物だ。

 相手側に良い印象等、与えられるわけがない。

 案の定、大阪プロレスのスタッフさんは僕達に何の反応も示さず、事務的に道場の中へ案内した。

 道場の中央にリングが設置されていて、その上で数人の所属レスラーの方が、本番さながらの激しい稽古を行っている。

 当たり前の事だが、道場の空気は隅々まで張り詰めていて、僕達が入り込む余地等、あろう筈もない。

 鍛え抜かれた肉体の威圧感と、余りの練習の迫力に押されて、僕達は完全に飲まれてしまった。

 僕達と構成作家は、道場の端の方で何か声を掛ける事もできず、ただただ息を潜めて、リング上を見つめ続けた。

 僕はリング上に“桃の青春タッグ”の二人がいる事を発見し、小峠選手と原田選手にだけ視線を集中させた。

 若い二人が必死になって、練習に取り組んでいる。

 その姿を見ていると、浮かれるだけ浮かれて、調子に乗り倒していた自分が、急速に恥ずかしくなってきた。

 稽古が一段落着き、レスラーの人達がリングから次々と下りてくる。

 レスラーの人達がちらちらとこちらに向けてくる視線に、厳しい物が含まれるている様な気がする。

 この仕事をブッキングした構成作家が、稽古を指導していた年輩のレスラーに駆け寄り、何事か言葉を交わす。

 よく考えたら僕達は今日、この道場に何をしに来たのだろうか?

 次のライブで相方と対戦するレスラーの方と、顔合わせをするくらいの心持ちで僕はいた。

 ただ顔合わせくらいなら、大阪プロレスの事務所でも十分に事足りる筈だ。

 何故、道場の内部にまで入り込む必要があるのか?

 僕達の立場に置き換えてみると、何者かわからない部外者が劇場にやってきて、ネタ合わせを遠くからずっと見ていたら、決して良い気分にはならないだろうと思う。

 何らかの話がついたのか、小走りで僕達の元に構成作家が戻ってきた。

「今から椅子とできますか?」

 何故か目を血走らせて、構成作家が言う。

「何処で?」

「リングの上です!」

 構成作家のその言葉に相方は、黙って頷き、素早く手の甲にテーピングを巻き始めた。

 今から本物のリングの上でプロレスラーだけが見詰める中、自分達のネタを披露する。

 急にそんな状況に陥り、僕の脳髄は酷く混乱した。

 オタオタする僕には目もくれず、相方は淡々と準備を整えている。

 普段、恐ろしく繊細な相方だが、実は土壇場に強く、腹を決めるのも早い。

 逆に平常時には何も考えてないし、図太い等と言われている僕の方が、勝負所では脆く、本番にも弱かった。

 後輩の構成作家も、それをよくわかっていて、しきりに「大丈夫です!いつも通りやって下さい!」と僕にばかり気合いを入れてくる。

 いつも通りも何も、僕は相方の邪魔にならない様に動き、レフェリーの真似事をするだけなのだ。

 何故か何度も、構成作家の後輩に背中をさすられ、何とも言えない気恥ずかしさに苛まれた。

 準備を終えて、相方と共にリングに向かう。

 プロレスラーの方達が、僕達のネタを見ようとリングの下に集まってくれている。

 しかしそこに好意的な空気は流れていない。

 プロレス界はエンターテイメントとスポーツの間で、微妙なバランスを保ちながら存在している世界である。

 そのため世間からの風当たりや偏見も強い。

 特にこの当時は新日本プロレスの人気も今の様に爆発しておらず、急激に大衆の心を掴む事に成功した総合格闘技にプロレス界全体が一気に隅の方へと追いやられていた時代である。

“芸人だか何だか知らんが、プロレスをなめる様な真似だけはするなよ”

 辺りにいるレスラーの視線が、そう言っている様に僕には感じられた。

 自我が必要以上に昂っている所為か、初めてリングに上がった感動等は微塵も味わえない。

 ただ心地良いマットの弾力性に、相方がいつも以上のパフォーマンスを発揮するだろうなと確信した。

 相方は普段、固い劇場のフロアーの上へパイプ椅子の捻りの効いたバックドロップで投げ落とされているのだ。

 この軟らかいマットの上なら、何も気にする事なく、豪快な受け身を取る事ができる。

「お願いします!椅子と闘うプロレスラー!」

 リングの上で、僕は絶叫する様にそう叫んだ。

“俺らだって本気なんやぞ”

 そう言う思いを込めた。

“カーン!”

 誰が叩いたのか本物のゴングの音色が響く。

 その余韻が残る中、相方が勢い良くロープに向かって走る。

 巧くロープの反動を利用して、相方はスピードの乗った見事な倒れ込み式ラリアットをパイプ椅子の喉元に全力で叩き込んだ。

 劇場ならいつもは、ここで笑い声が起こる。

 しかし今日は「オォ!」と言う野太い声が聞こえた。

 相方のよく研究された本格的なラリアットフォームと、腕の一本や二本、ここで折れてもいいと言う極端な覚悟とが、同時にレスラーの方達に伝わった様だ。

 野太い「オォ!」と言う反応には、そんな感嘆の思いが確かに込もっていた。

 それからは、相方が技を繰り出したり、受身を取る度に、リングサイドから「オォ!」と言う反応があった。

 そしてその野太い「オォ!」は、相方のライガーボムがパイプ椅子に炸裂した所でピークを迎えた。

 パイプ椅子が何とかそれをカウントツーで返し、僕が大袈裟に“今のはツーだ!”とジェスチャーで伝えると観客席からは失笑が漏れた。

 最後はパイプ椅子が相方を大逆転の、スモールパッケージホールドで丸め込み、僕がマットを素早く三回叩いて、試合は終了した。

 その瞬間、レスラーの方達が長い拍手を僕達に送ってくれた。

 リングサイドの皆が笑っている。

 相方がリングを下りると、レスラーの人達が寄ってきて握手を求めてきた。

 しかも相方は「いつもは何処でネタをやられているんですか?」とレスラーの方に聞かれている。

 僕はついでと言う感じで握手をされ「レフェリー!最後のカウント早いよ!」等といじられまくり、ろくな返しもできずにただ立ち竦んだ。

 その後、僕達は相方と対戦するレスラーの方を交えて打ち合わせをし、道場を後にした。

 同じエンターテイメントを志すレスラーの人達とわかり合えたと言う高揚感は、その後、数年もの間、僕の根幹を支え続けたー


 煙草を吸い終えて、旅客機が頭上を幾度か通過して行った後に、相方から電話が掛かってきた。

「マンション見えたぞ!」と相方が言うので僕はベランダから出て、リビングを横切る。

 今、自分が身を置いている時間が決して薄いとは思わない。

 しかしあの頃、相方と共に過ごした時間は、密度やら感情やらが過剰な程、濃く深かった様な気がする。

 それも渦中から出て、初めて感じられた事だ。

 玄関側に出て、階下を覗き込むと相方の姿が見えたので僕は手を振った。

「こっち見えるか?」と電話で言うと「見える見える。相変わらず高い所から、手を振るのが似合う男やな」と相方が返してきた。

「言われた事ないわ!生まれてから一回も高台から手ぇ振った事ないどぉ!」

 久し振りに全力で突っ込むと、電話の向こうから、けたけたと笑う相方の声が聞こえてきた。

 


 




 

 

 

 

 
 
 

 

 
  

 
 

 

   


 
 

 
 

 

 



 

 



 

 

 

 

 



  

 

 
 

 
  

 

 



 

 
 

 
 

 
 


 



  
 
 
 

 

 
 

試行

 リビングに置かれているテーブルの周囲には、濃いソースの匂いが満ちていた。

 目の前にあるホットプレートの上で、お好み焼きが泥々としたソースにまみれている。

 その光景は、僕の食欲を強烈に刺激した。

 夕刻に、職業訓練学校時代の友人が我が家に遊びに来た。

 調理師の経験がある彼は、我が家流のお好み焼きの味を整え、鮮やかな手つきで、それを焼き上げてくれていた。

 うちのお好み焼きは、擦った山芋を生地に大量に流し込む。

 僕も嫁さんも、山芋の量に比例して、お好み焼きのふわふわ度が増すものだと思い込んでいたのだ。

 山芋の量を適正に調整し、巧く捌かれているお好み焼きは、いつもにも増して、ふわふわしている様に感じられた。

 焼き上がったお好み焼きの欠片を口に運び、酒を喉へ流し込む。

 彼とは勤めている会社が違うため、微妙に休みが合わなかったりするのだが、家が近所と言う事もあり、月に一度は酒を共に飲んでいる。

 僕は、もっと頻繁に会いたかったりするのだけれど、彼は「面白いけど疲れるから」と言う理由で山芋と同じく、一緒に酒を飲む頻度も調整してくれている。

 結婚する前は当時、嫁さんが住んでいたマンションと彼の家がすぐ近くだったため、勝手に“黄金巡回”等と名付けて、嫁さんの部屋と彼の部屋を、僕は交互に泊まり歩いたりしたものだ。

 そんな僕の傍若無人な振舞いが許されるのも、彼がとても度量が広い男だからだ。

 付け加えると、彼がまだ結婚していないのでついつい甘えてしまう。

 やはり結婚している友人達には、流石にがさつな僕も遠慮をしてしまうのである。

 意外な事に、彼と僕の嫁さんはこの日が初対面だった。

 これまでに幾度も嫁さんを紹介する機会はあったし、僕が彼の事をよく話すので、嫁さんも会いたがっていた。

 しかし僕は、彼に嫁さんを会わせる事に、何故か消極的だった。

「そんなに私を、会わしたくないんや」と何かある度に嫁さんは言う。

 僕は曖昧な返答を繰り返し、それをかわす。

 そんな事が永らく続いていた。

 嫁さんを彼に会わせるのが嫌なのではなく、嫁さんの前での僕で、彼に会いたくなかったのだ。

 ただ嫁さんの前での自分と、彼の前での自分が、何処がどう違うのか僕自身にもよくわからなかったりする。

 冷静に考えてみると、そんな事をする意味も効果もない様に思う。

 昔から僕は自分の近辺の事を、人に隠す様な所があった。

 自分でも霞みが、かかっている様にその理由ははっきりとしないのだが、結局、自信が持てなかったり、守っていたり、面倒くさかったりするのだと思う。

 就職してから、特に思う様になったのだが、嘘をついたり、誤魔化したり、隠蔽したりすると、話はややこしくなるし、人に物事が全く伝わらなくなる。

 ある時、仕事の休憩中に同僚の人と他愛もない話しをしている最中に、僕は何かを隠そうと適当な事を言っている自分に気が付いた。

 しかもそれを無意識の中で、行っているのだから質が悪い。

 意識の外でできる程、その行為が自分の中では自然な物となっていたのだ。

 誰も自分が思ってる程に、僕なんかに興味はないだろうし、隠している本当の事を言っても、別に僕の印象なぞ、今更、変わりはしない。

 いい年になって、そんな無意味な事を続けている自分に嫌気がさし、何だか馬鹿馬鹿しくなった。

 それから僕は、できるだけ本当の事だけを言って、自分を晒け出そうと思う様にしている。

 そう思ってからの方が、確実に何かが楽になった。

 だから今夜も、彼と嫁さんを会わせ様と思ったのだ。

 彼が焼いてくれたお好み焼きをアテに、嫁さんはいつも通りビールを旨そうに飲んでいた。

 会話は盛り上がり、他愛もない話しは様々な所を経由しながら、止む事なく続いた。

 酒で心地好く、惚けた気分の中で僕も何事かを話していた。

 不意に彼が、僕の書いた文章が面白いと言ってくれた。

 普段、雑な僕がまさか文章等を書いているとは思っていなかったらしく、嫁さんは何度か瞬きを繰り返し、驚いている様子だった。

「ブログをもっと更新して、小説も書きなはれ!」

 彼が、なかなかの熱量でそう言ってくれた事が何だか酷く嬉しかった。

 曖昧な返事をし、秘かに喜んでいた僕の思考に酩酊気味の嫁さんが強引に割り込んできた。

「あたしが文学部やって知ってるやんな!太宰の人間失格で卒論書いて、優やったんやで!あたしが納得する様な物を書いてほしいもんやわ」

 勿論、嫁さんが文学部だった事は知っているし、太宰作品が好きな事も僕は承知していた。

 告白すると僕が、酔った時によく太宰の悪口を言うのも嫁さんが太宰ファンだからなのだ。

 零戦乗りである坂井三郎や岩本徹三の戦記物ばかりを読んでいた十代の頃に、僕はたまたま太宰の“人間失格”を読んだ。

 真の日本男児の生き様に傾倒していた十代の僕には、“人間失格”は酷く格好悪い物に映った。

 しかも太宰は、坂井三郎や岩本徹三と同じ時代を生きている。

 生きたくても生きられなかった余多の人がいる中で、戦後、女性と共に入水自殺してしまった太宰を僕は快く思っていなかった。

 ただそれも「うわぁ、しょーもないなぁ」と思っていた程度に過ぎない。

 しかし結婚する前から、本の話題になると太宰の事ばかり話す嫁さんを見るにつけ、何故か太宰への嫌悪感が増していった。

 嫁さんに恋心を抱いていた時期には「僕も人間失格、高校の時に読みましたよ!」と言う鳥肌が立つような科白までを、自分は吐いた。

 付き合って初めて出掛けた時も、嫁さんは太宰の話しをした。

 まさか神戸まで夜景を見に行く最中に、「太宰、戦争行ってへんやんけ!ほんで女と自殺するなんて最悪やんけ!何人、あの戦争で生きたいと願った人が死んだと思っとんじゃい!」と右側の翼に全体重を浴びせ掛ける様な事を言うわけにはいかない。

 せいぜい遠くを見ながら「太宰なぁ…」と呟くのが精一杯であった。

 そんな事を何度か繰り返すうちに、僕は酔うと太宰の悪口を言う様になっていた。

 嫁さんの前で口にできない事を、酒席でぶちまける。

「誰の悪口言うとんねん!」と共に飲んでいる仲間はよく笑ってくれた。

 そうしたら僕はまた調子に乗って、太宰への悪口を捲し立てると言う、冷静に考えると下劣極まりない事を今も繰り返している。

 新しく焼き上がったお好み焼きを見ながら、僕の脳髄の中に“何でもいいからもっと書こう”と言う思いが沸き上がっていた。

 別に親友が薦めてくれたからでもなく、ましてや嫁さんに挑発されたからでもない。

 自分が書きたいから書く。

 “書かねば“と言う本心があるから、彼や嫁さんの言葉にこうやって僕は、過剰に反応しているのだ。

 何か事を成さんとする時に、「誰々がやれと言ったから…」と言う事程、愚かな事はない。

 単調な筈の毎日を生きていても、心身が揺すられる様な事は多々ある。

 それこそ書き残したいなと思う事は、毎日の様にあったりするのだ。

 しかし仕事の疲れから、なかなか書く気になれなかったり、家で本を読んだり、テレビを見たり、嫁さんの目を盗んでこっそりとエロ動画を鑑賞したりしていると、日々はあっと言う間に過ぎ去ってゆく。

 気がつくと書きたいと思っていた事の鮮度は失われ、もう今更、書けなくなっていて何処かへ置き去りにしてしまう。

 そんな事の連続だ。

 これからは今より少しでも多く、何かを書き残したいし、中断している小説も再開したいと思う。

 エロ動画の誘惑になんか負けている場合ではない。

 小説は書き上げたら、ちゃんと審査してもらえる所に提出したいと思う。

 僕はもういいオッサンだが、まだまだ自分のあらゆる可能性を試したいと思っている。

 仕事中に最も気分が高揚するのも、自分でも思っても見なかった所に新たな可能性を見出せた時だ。

 社会に出てから、“あぁうまくいかないな“と思う時も多々あるのだが、たまに“おお!こんな事が自分はできたんや!”とか“こう言う時間も自分は楽しいと思えるんや!”と発見できる瞬間も確かにあったりする。

 僕は、まだまだ自分の様々な可能性を試しまくりたい。

 一つや二つの可能性が潰れたからと言って悲観等したくない。

 死ぬ直前まで、様々な事柄を試行していたいと思う。

 深夜になり、親友が我が家から帰っていった。

 まだ薄くお好み焼きの匂いが漂うリビングに、嫁さんが五本目のビールの栓を開ける音が響いた。

 

 


 
 

 

 

 

 

 


 

  
 
 


 
 



 
 
 

 
 

  

 
 


 

 
 

 

 
 

 

 

 
 
 

 

 
 

 

 
 

 

 

捕獲

  

 会社のゲートを出て、最寄り駅への階段を昇ってゆく。

 

 沈みつつある陽が、低空から遠くに見える市内の街並みを照らしている。

 

 改札口を出て、ホームに下りた所で職業訓練学校時代の友人と出会った。

 

「何かええ事でもあったん?」

 

 僕の顔を見るなり、彼がそう言った。

 

  僕と彼は、同じ職業訓練学校に通い、ほぼ同時期に何とか今の会社に拾って貰った。

 

 年齢が近い事もあって、彼に僕はとても心を許している。

 

 彼が言う様に、今日は仕事の最中に日々、薄くなってゆく脳天にガツーン!と響く様な出来事があった。

 

 その高揚感は仕事を終えて、こうして駅のホームに下り立った今も、僕の心身を心地好く包んでいた。

 

 疲れ切る事も多いけど、希に心幹が痺れる様な日もある。

 

 そんな仕事をさせて貰えている事が、何よりもありがたい。

 

 友人にその話しをすると、何とも言えない顔で一緒に喜んでくれた。

 

 彼の笑顔は、いつも優しい。

 

 僕も彼も、決して若いとは言えない年齢で何の経験もなく、前職とは全く畑違いである世界に飛び込んだ。

 

 そんな無謀とも言える挑戦が、最初から順調にゆく様なら誰も苦労なんかしない。

 

 彼も僕と同様に、自分より一回り以上も年齢が若い人に怒鳴られたり、何度も頭を下げたりしながらも、何とか今日までやってきたんだろうと思う。

 

 彼とは入社してから幾度も、一緒に酒を飲んで来たが、そう言う生々しい話はお互いに避け合ってきた。

 

 前職が行き詰まってしまい、その傷がまだ癒え切っていない時期も、形振り構わず仕事を吸収しようと今よりもっと苛酷だった時期も、酒の力を借りて、際限なく愚痴る様な真似だけは二人ともしなかった。

 

 彼には、奥さんとの間に二人の息子さんがいる。

 

 その家族を守り抜いてゆくと言う覚悟を、彼は極々、自然に持っていた。

 

 彼と比べると、自分が持っている覚悟は力んでいて、硬直している様に思える。

 

 まだまだ結婚して日が浅い所為か、僕は自分を言い聞かせたり、往なしたりしながら、何とか自己の覚悟を堅守しているに過ぎない。

 

 その証拠に、心身が弱ってくると自分とは異なる生き方をしている人達の特集動画を見て、何かに思いを馳せたりしている。

 

 俗物的な生き方を捨て、定職に就かずSNSを駆使して、何とか僅かな生活費を稼ぎながら自由に生きている若者達。

 

 田舎の村落に移住し、廃墟を安価で借り入れ、村の人達のお手伝いをしながら、無理なく生きている人達。

 

 そこには、何事にも変えられない自由がある様に思える。

 

 しかし幾つかの動画を観ているうちに、緩慢な動作を繰り返す人物達に嫌気がさして、やっぱり自分には、こう言う生き方は無理だなと気がつく。

 

 そして暫く、その類いの動画を見なくなり、疲労が蓄積されてくると再び、また自由人を追い掛けているドキュメンタリー番組を見たりする。

 

 そんな軽めの現実逃避を、僕は秘かに繰り返している。

 

 ただ自分より自由に生きている様に思える人達を見ていて、一つ気がついた事があった。

 

 それは、その人達が自由と引き換えにあらゆる物を放棄していると言う事だ。

 

 動画でクローズアップされている人達のほぼ全員が独身で、酷く荒れた部屋の中で長時間ごろごろとしている。

 

 僕よりずっと若いのに、緩い自由と引き換えに快適な居住空間やら、日々の生活に転がっている筈の愛情やらをいとも簡単に手放してしまっている。

 

 社会に出て時間が経ち、様々な構造が徐々に分かり出してくると、如何に会社員と言う立場が優遇され、有利に戦いを進めてゆく事ができる様になっているかが見えてきたりする。

 

 会社に時間や身柄を拘束されたり、複雑な人間関係の中で渡航を続けねばならないと言うのは、社会のほんの一端にしか過ぎなかったりするのだ。

 

 結局、僕はやっぱり俗物的で、曖昧な自由を獲得するために、全てを放棄する気には到底なれない。

 

「あぁぁ…もうしんどいな。田舎にでも逃げたろかなぁ」

 

 人で溢れる電車の中で、脇に立つ友人にそう呟いてみた。

 

「やめときや」

 

 彼からの返答は、それだけだった。

 

 直ぐにギブアップする人物や、停滞に甘える人物に彼は酷く厳しい。

 

 いつもは優しい彼のそんなシビアな一面が、僕はとても好きだったりする。

 

 京橋駅に着くと彼は、「ポケモンを捕獲しに行くから」と言って、大阪城公園に向かった。

 

 面白いオッサンやな。

 

 すっかり陽が落ちた駅のホームで、人混みに消えてゆく彼を見ながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バス停

 

 仕事から、帰るとまだ嫁さんが帰宅していなかった。

 

 今日は僕の方が、早く仕事を終えた様だ。

 

 先に帰宅した方が、夕食の準備をする。

 

 それが我が家のルールである。

 

 仕方なく、米を炊く用意をしていると電話に嫁さんからの伝言が入ってきた。

 

“体調が悪いから、夕食はいらない”

 

 伝言を見て、心配になった僕は、すぐに嫁さんへ電話を架けた。

 

 確かに嫁さんの声はいつもより、か細くしんどそうだった。

 

「バス停まで迎えに行こか?」

 

 と僕が言うと「いい……」と力なく返事をし、電話が切れてしまった。

 

 何故、不調の時に旦那に強がる様な真似をするのかと少し腹が立ったが、それが彼女の性格である事は承知している。

 

 いちいち些細な事で、引っ掛かっていても仕方がない。

 

 リビングで煙草を吸った後、僕は嫁さんを迎えにバス停に向かった。

 

 人の体調が心配になり、迎えに出掛ける。

 

 当然の事ながら、こう言うのは、独身時代の僕の生活には無かった事だ。

 

 億劫に感じない事もないが、嫁さんの心配をする事で、自分の中で張詰めたり、疲弊している物が和らいだりもする。

 

 パートナーの身を案じると言うのは、やはり人にとって大切な事だと思う。

 

 陽の暮れた団地の駐車場に出る。 

 

 少し前まで、執拗に粘りついてきた夜気も今は涼しく心地好い。

 

 公園横の歩道を通り、橋の上に出ると外灯に照らされたバス停が見えた。

 

 丁度、梅田方面から来たバスが停車し、嫁さんが下りて来る所だった。

 

 足取りが確りとしていたので、僕は少し安心する。

 

「大丈夫なんか?」と聞いてみると

 

「少し胃が痛いだけで大丈夫……」と嫁さんが素っ気なく答えた。

 

 そのまま無言で、部屋まで歩く。

 

 最近はお互いに仕事の合間を縫って、嫁さんは結婚式のための雑事をこなし、僕はマイホームを購入するための手続きをこなしている。

 

 結婚式の準備で揉めると言う、使い古されたあるあるを、勿論、僕達も一通りは経験していた。

 

 様々な物に追い立てられる毎日の中で、心を掻き乱される様な事が、勃発するのが結婚生活だと思う。

 

 しかしそれはそれでまた良い様な気もする。

 

 何よりこうして、待つ人がいる事も、待ってくれている人がいる事も、尊い事だと思うのだ。

 

 人の幸せとは、日々の心情の微妙な動きにあったりすると最近はよく思う。

 

 この国では、歯止めが効かないくらい未婚率が上昇しているらしい。

 

 結婚に対する後ろ向きな情報が氾濫し、価値観が多様化している、この熟れすぎた社会では、それも仕方がない事なのかもしれない。

 

 しかし未来に継がれてゆく物や、日々の愛情まで放棄してしまって一体、この国に何が残るのと言うのか。

 

 ましてや結婚を、メリットやデメリットで考えるなんて事は、無理矢理に規格の違う物差しを当てがっている様な物で質が悪い。

 

 確かに結婚には、様々な事柄に、労力と時間を全力で費やさねばならない側面が存在するとは思う。

 

 しかし、だからこそ人は己の範疇を飛び越え、成長し、新たなメリットを生み出してゆく事が可能になってゆく。

 

 何故、急に何の照れも無く、こんな事を僕が宣ったのかと言うと、それには先日あったある出来事が関係している。

 

 その日、僕は仕事が終わった後で、久しぶりに後輩と食事を共にした。

 

 焦げたガーリックの芳ばしい臭いが立ち込めるステーキハウスの店内で、僕はある漫才師の後輩と世間話しをしていた。

 

「僕には、全く結婚願望がないんです!」

 

 話しの流れの中で、その後輩が突然、そう宣言したのだ。

 

 正直、“相変わらず面倒くせぇヤツやなぁ”と思ったし、普段は表情も愛嬌も皆無な彼が、微かにドヤ顔をしていた事に何だか腹が立った。

 

 しかし同時に“結婚した事もないのに、そんな寂しい事を軽々しく言うなや”と強く思ったのだ。

 

 だが結婚生活の息苦しさや、自由のなさは容易に説明できても、普段、感じるあの心情が和らぐ微妙な空気感を伝える事はなかなか難しい。

 

 特に目の前にいるのは、何かを拗らせた、恐ろしく自己愛の強い三十六歳の男なのだ。

 

 薄くドヤ顔の残滓が漂う中で、僕は深入りしたらややこしくなるだけだと思い、曖昧な応対に終始した。

 

 ただやり過ごすだけでは、あのドヤ顔を清算する事が出来ないので「お前何歳やねん。大学生みたいな事、言うな」とは挟み込んだ。

 

 そこから彼の、止めどない愚痴を聞くと言ういつもの時間が始まった。

 

 彼と仲良くなって、もう随分と時間が経つが食事を共にすると漏れ無く、このオプションがついてくる。

 

 最初の二つ目くらいまでは、余りの深刻な雰囲気に押され、僕も真剣に聞き、自分のできる範疇でアドバイスを試みた。

 

 しかしその後は、僕は僕で不誠実かもしれないが、もう片手間でしか彼の愚痴を聞けなくなってしまう。

 

 素早く携帯のウィンドウに“世界で一番、Hな写真”と入力する。

 

 後は、検索して浮かび上がってきた画像を眺めつつ、彼が弾幕の如く吐き出す愚痴に何とか対処した。

 

 こう言う時に、いつも思い出すのが、僕の相方の事だ。

 

 相方は、この後輩のいつ終わるとも知れない愚痴や悩みを全力で聞く。

 

 誰とも真剣に向き合い、何度、裏切られてもまさに命を削る様にして何とか、人を前に進ませ様とする。

 

 相方のその誠実さは、いつ思い出しても、色褪せる事なく眩しい。

 

 エロ画像片手に、何とかこの時間をやり過ごしている僕には、とても真似が出来ない事だ。

 

 後輩は、あれだけ愚痴を吐き出しても、まだスッキリしていない様子だった。

 

 彼は、溢れある自己愛に蝕まれ、自我の根幹を腐食させてしまっているのかもしれない。

 

 自己愛なんて物は、誰にでもある。

 

 それがあるのが人間だ。

 

 ただ余りそれが強いと、やっぱり何処かでバランスが取れなくなってしまうんだろうと思う。

 

 自己愛でも何でも、愛に変わりはないのだから、その中の幾らかでも、人に注ぐ事が出来れば、彼の視野は何処までも広がってゆく。

 

 結婚願望がないと言い切る彼が、結婚する事によって獲得できる物は、とてつもなく大きかったりするのだ。

 

 終電前に、彼と別れて家路に着いた。

 

 “嗚呼、折角、久しぶりに漫才師と食事をしたのだから、もっとクリエイティブな話しがしたかったなぁ” 

 

 空席の目立つ電車に揺られながら、そんな事を思ったりした。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホセ

 

 銀行の応接室から出て、後方を振り返ってみると銀行員のお姉さんが、僕に向かって頭を下げ続けていた。

 

 急激に、何だか申し訳ない気持ちになり、何か言おうと思ったが、巧く言葉が出てこない。

 

「ほ、ほんまに真剣に考えます!」

 

 と理由の分からない事を口走ると、お姉さんの笑顔が瞬時に引き攣った。

 

 住宅ローンの審査に通った僕は、各銀行の金利データ表を掻き集め、どの銀行に融資を頼むのかを考え倦ねると言う、全く身分不相応な作業に日々を費やしている。

 

 微塵も現実感はなく、「やっとここまできたか」と言う達成感も沸いてこない。

 

 胸中に広がってゆくのは、漠然とした不安と黒々とうねる重圧のみである。

 

 会社の先輩が、高級車を購入した折、何故か余り嬉しそうではなかった事を思い出す。

 

「嬉しくないんですか!?」と思わず僕が、口走ると、

 

「あんまり… 三日間、何も考えずに飲み歩ける方がよっぽど嬉しい」と冴えない顔で先輩が答えた。

 

 “そんなもんかな”と、その時、僕は思ったものだ。

 

 「やっとマイホーム、ゲットできたぜぇぇぇぇ。イエーイ!」と言う単純な雄叫びを上げる気には到底なれず、どうやら僕は年を重ね過ぎた様だ。

 

 二十歳の時にホセメンドゥーサとの激闘の末、真っ白な灰になる事を痛切に願っていた僕は今、固定金利の底を見極め様と躍起になっている。

 

 しかもそれに対して、心を抗わせず、何もかもを有りの侭に受け入れると言う態勢を、いつの間にか自分の中に構築してしまった様だ。

 

 何とも言えない気分になり、数年前まで一緒に戦っていた仲間の声が急に聞きたくなった。

 

 適当に携帯のメモリーを眺めていると、何故か疎遠になってしまった仲間の名前に目が止まった。

 

 今も親しくしている仲間に、この心情で電話を架けると、不要な心配をかけてしまいそうだった。

 

「急にどうしたんですか!?何かあったんですか!?」と聞かれて

 

「ホセメンドゥーサと戦って、真っ白な灰になりたかった俺が今、金利の計算してんねん!」等と答え様もんなら、いよいよ頭がおかしくなったと思われるのが関の山だ。

 

 もし自分に誰かから、そんな電話が、架かってきたと思うとぞっとする。

 

 兎に角、僕は今、東京に住んでいる昔の仲間に電話を架けてみる事にした。

 

「もしもし…おはようございます!」

 

 酷く懐かしい声がする。

 

「おお!久しぶり!今、京橋にいてるんやけど飯でもいかへんか?」 

 

「あ…あの今、僕は東京に住んでいるんですよ」

 

 渾身のボケを投下したつもりだったが、意図が伝わらず真面目に答えられてしまう。

 

「あぁ…せやったなぁ」

 

 出鼻を挫かれ、何だか急に恥ずかしくなって、足を捻りながらも、何とか会話を強引に着地させる。

 

 それから彼の東京での暮らしやら、共通の仲間の話し等をした。

 

 仕事の事を聞いてみると、彼が弾んだ声で「順調ですよ!」と答えた後に、先日行われたある大喜利の大会で優勝したと教えてくれた。

 

 彼のその一言で、僕の陰鬱な気分が一気に霧散してゆく。

 

 彼とは数年前、幾度となく、同じ舞台で共に大喜利をやった。

 

 あの日々が、今、誰かの糧になっている事が素直に嬉しかった。

 

「先輩は、どうしてるんですか?」

 

「胸にシリコン入れて巨乳にしたよ」

 

「はぁ?何を言ってるんですか?」

 

「……」

 

 無駄に気分が高揚し、かましてみた芥川賞ボケも彼には伝わらなかった様だ。

 

「うそ。うそ。結婚して、もうすぐ家を建てる事になったんやわ」

 

 そう報告すると、彼は「さすがっすね!」と言った後、爆笑した。

 

 電話を切った後、久しぶりに大喜利でもやってみようかと思ったが、そんな暇等あろう筈もない。

 

 再び、銀行の金利表に目を落とす。

 

 視界を現実が、覆い尽くす。

 

 何だか吐きそうだった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中村文則と言う流れ

 

 何とか“お盆休み”に辿り着いた時、僕はやっぱり疲れ切っていた。

 

 日常を、熟すだけで疲れた等と言っている自分は何ともみっともない限りである。

 

 上半期は、本当にありがたいくらい仕事が忙しく、家庭の方でも、やっておかねばならない事が手に負えないくらいあった。

 

 当然の事ながら、時は待ってくれる筈もなく、ふと我に帰ると季節が変わり始めている事に気がついたりする。

 

 四季にすら振り落とされそうになっている自分に、危機感を覚えた僕は何とか夏に追いつこうと必死になった。

 

 焦る必用はない。

 

 僕には、夏を体現するための切り札が二つあるのだ。

 

 早速、一つ目の切り札である“甲子園に高校野球を観に行く”を行使する事にした。

 

 数日前、嫁さんが友達と甲子園に行くと言った時には、僕はネットを小まめにチェックし、何とか内野席のチケットを手に入れる事に成功した。

 

 履正社高校、一回戦の内野席のチケットだ。

 

 “転売したろかぃ!”とも何度か思ったが、何とか踏みとどまり、リビングの机の上にそれを置いておいた。

 

 それから数日間は、心なしか嫁さんの機嫌が良かった様な気がする。

 

 自分が甲子園に行くのに再度、あの億劫な作業を繰り返す気にはなれず、とりあえず、職業訓練学校時代の友人を誘って阪神電車に乗った。

 

 就職してもう三回目の夏だが、毎年、夏は職業訓練学校時代の友人達と甲子園に足を運んでいる。

 

 案の定、甲子園に着いてみると外野席しか空いていなかった為、僕達は、強烈な紫外線を浴び続けながら高校野球を観戦する事になった。

 

 僕は学生時代、野球部に長くいたため、若い時は甲子園に足を運ぶと、どっぷりと感情移入する事ができた。

 

 しかし今は、年を重ね過ぎた所為かオッサン同士、会社の話しや住宅ローン選びの話し、嫁さんの話し等をうだうだ話しながら、チューハイや麦茶を飲みつつ野球を観ている。

 

 世間話の最中に試合に動きがあると、それを止めて、野球に集中し急に高校球児の活躍に胸を打たれたりする。

 

 夕方まで試合を観戦し、炎天下で焼かれた体を冷却するために毎年、梅田辺りで友人達と酒を飲んでから帰る。

 

 この一日で、もう僕は十分に今年の夏を味わった様な気になれたのだが、まだもう一つの切り札が残っていた。

 

 もう一つの切り札とは、中村文則氏の小説を読む事である。

 

 僕は、中村文則氏の新刊が発売されたらすぐに買って読むと言う様な熱心な読者ではない。

 

 中村文則氏の本は、僕にとってはなかなか重い印象を受ける物が多く、読んでいる最中や読後にその重力に自我が引っ張られたりする為、手軽に読もうとは思えなかったりするのだ。

 

 ただ四季の中で、何度かは無性に中村文則作品に触れたいと言う衝動が沸く。

 

 それが夏である場合が多く、いつしかこの季節に中村文則作品を読む事で、僕は夏が来ている事を実感する様になっていた。

 

 僕が中村文則作品に出会ったのは、もう随分と前でまだ二十代の頃だったと思う。

 

 当時、交流のあった年上のバンドマンが「中村文則って言うカミュみたいな文章を書くヤツがいる」と僕に話したのだ。

 

 この男は、自分がバンドマンである事に呑み込まれ、あえて毛色の異なる発言や行動を試みるしんどい男だった。

 

 そう感じていた僕も、わかりもしないカミュの“異邦人”なんぞを読んだりしていたのだから恥ずかしい限りである。

 

 芸人を志していた僕も、バンドマンと言う立ち位置に固執する彼も、形から入れば、自分の将来も形付けられてゆくと信じて疑わなかった。

 

 鋭そうな物に触れてさえいれば、自分も先鋭化されてゆく様な気がしていた。

 

 “異邦人”の中で、アラビア人を射殺した男が、裁判で動機を尋ねられて「太陽が眩しかったからだ」と答える有名な場面がある。

 

 それをよくわからないまま、何だか格好良いと感じていた青臭い年頃に、僕は中村文則のデビュー作「銃」に出会ったのだった。

 

 この「銃」を、最初に読んだ時の自分の何かを根こそぎ持っていかれる感じは、読書を長年続けていてもなかなか味わえる物ではない。

 

 ある大学生が、偶然に拳銃を拾ってしまい、その拳銃に魅せられ、振り回され、蝕まれてゆく。

 

 その心情の移り変わりが、延々と描かれる。

 

 決して目にする事ができない人の内面を、白日の下に晒せる所が、小説と言うメディアの唯一無二な武器だと僕は思っている。

 

 その武器を存分に発揮し、人間をとことんまで掘り下げる中村文則氏のスタイルに若き日の僕は、強く魅了された。

 

 また「銃」の主人公である大学生は、とてもリアルで、大学時代の自分や友人達と重なる部分が多く、とても感情移入する事ができた。

 

 「銃」の後に出た「遮光」も、出版されてすぐに読んだ。

 

 「遮光」の主人公は、人に自分をよく見せようとやたらと腐心する若者で、この若い心理にも深い共感が沸いた。

 

 「遮光」の主人公は、自分が憐れに見られないために虚言を繰り返す様になってゆく。

 

 その欲求は、加速してゆき、交通事故で自分の彼女が亡くなってしまった事をなぜか周囲にひた隠しにする。

 

 主人公は、何とか自分の虚言と真実の溝を埋めようと彼女の遺体から指を切り離し、それをホルマリン漬けにして持ち歩く様になる。

 

 この難解な心情の変化を、人はこうなってもおかしくないと言う範疇の中で見事に、中村文則氏は書き切ってゆく。

 

 「遮光」を読んでいる最中に、人によく見られたいと言う欲求は誰にでもあるが、そのために虚言まで吐く様になると、何も得る事等できないんだなと実感したりもした。

 

 この「銃」と「遮光」の二冊を、僕は今まで何度も読み返している。

 

 それからも中村文則氏は、コンスタントに作品を発表し続けた。

 

 僕は、それを自分の欲求が向いた時期に追う様に読んだ。

 

 当然の事ながら、時を重ねる中で中村文則作品は変化してゆく。

 

 その変化の中で、僕には余り響かない物も多々あった。

 

 よく“若くして作家とし成り立ってしまうと、社会人や組織の描き方が甘くなる”と言われるが、それを中村文則氏の著作から顕著に感じる事もあった。

 

 それに加えて、初期の中村文則作品では、あれだけ感情移入できた登場人物達が、作品を重ねる度に特殊になり過ぎ、余り僕には共感できないと言った事が増えてきたりもした。

 

 僕は、長年、お笑い芸人と言う職業の中で生きていて、ネタを見たり、作ったりする時に“常識人”と“狂人”との対比の重要性を叩き込まれてきた。

 

 その所為か、余り身近に感じる事のできない登場人物ばかりが出てくる様になった中村文則氏の著作を見難いと思う事が増えていったのだ。

 

 それでも何冊かに一度、「何もかも憂鬱な夜に」の様にやっぱり、僕の心を強く打つ物もあり、中村文則作品を読まなくなると言う選択肢は僕の中には生まれなかった。

 

 中村文則氏は、本を出す度に必ず何らかの実験や挑戦をし、それが成功を納めようが、失敗に終ろうが、構わず前進し、次作に生かしてゆくと言う強烈な向上心を持っている様に思える。

 

 だから例え今作が自分にハマらなくても、次作ではやってくれると言う一方的な信頼関係を、築く事ができる希有な作家だと僕は思っている。

 

 中村文則作品を読み続けて、十年以上の月日が流れた。

 

 その間には、僕にも様々な変化があり、中村文則氏も売れっ子作家となった。

 

 そんな中で、去年の初夏にある出来事があった。

 

 ある人気番組の“読書芸人”と言う企画で芸人さん達が、中村文則氏の新刊「教団X」を絶讚したのだ。

 

「十年に一度の衝撃を受けた」

 

「様々な知識が、小説の中に組み込まれていてそう言う事だったのかとわかった」

 

 芸人さん達が“教団X”の感想を口にするのを聞いて、僕は嬉しくもなったが、身勝手に心配になったりもした。

 

 この番組の視聴者と、中村文則氏の読者層とは、マッチしない様に思えたからだ。

 

「せめてゴロウデラックスで言うてや…」と内心で呟いてしまった。

 

 しかも“教団X”は、中村文則氏の今までの著作と比べても、格段に長い。

 

 僕は、その時点でまだ“教団X”を読んでいなかったのだが、中村文則氏が“教団X”の中で様々な新たな試みをした事は想像がついた。

 

 メディアで中村文則氏を知った人達が、初めて手にするのが“教団X”と言うのは、どうなんだろうか。

 

 うちの嫁さんまでも、番組を観て“教団X”を読みたいと言い出した。

 

 こうして僕は、去年のお盆休みに実家に帰る列車の中で“教団X”を読んだのだった。

 

 執拗に繰り返される性描写や、多用される参考文献からの引用は今までの作品にはなかった物で、やっぱり中村文則氏は自分の先を見ようと、様々な挑戦を“教団X”の中で行っていた。

 

 今までになく登場人物も多種多様で、しかもどの人間も特殊で、基準点となる人間が全く出てこないので、濃い人物達がお互いの個性を潰し合っている様にしか見えなかった。

 

 太平洋戦争の描写や解釈は、方向が偏り過ぎていて、この時代を扱うにしては雑すぎるなとも思った。

 

 ただやっぱり、人間を真摯に掘り下げ様とする中村文則節は貫かれていて、十分に没頭できる所があったのも事実だ。

 

 如何せん、人気番組での絶讚と言う情報があったため、“教団X”へのハードルが上がってしまっていて、なかなか冷静に判断をつける事が僕には難しくなってしまっていた。

 

 案の定、あるサイトで“教団X”のレビューを見てみると「番組で紹介されていたので読んだが全く面白くなかった」と言う酷評の嵐が吹き荒れていた。

 

 それに対して僕は、強烈な怒りを覚えた。

 

「余多ある本の中から、どう言う理由があれ“教団X”を手に取ったのは自分やないかい!そんなもんは自己責任で、それを面白くないの一言で片付けるとは、どう言う事なのか!」

 

 そんな感情が突発的に沸き上がり、後味が悪くて仕方がなかった。

 

 一度、失敗したり、人の過度の期待に答える事ができなかったりすると、全否定されるのが今の世の中の流れらしい。

 

 この国は、あらゆる面で余裕を失ってしまっている。

 

 今年も、お盆休みに嫁さんと実家に帰る列車の中で中村文則氏の新刊を読んだ。

 

 “私の消滅”

 

 中村文則氏が、“教団X”の中で試みていた事が、“私の消滅”では見事に結実していた。

 

 僕の心は強く揺り動かされたし、中村文則氏が“教団X”の流れを、ぶれる事なく“私の消滅”に繋げて、昇華させている事が嬉しかった。

 

 “私の消滅”は、発売されてすぐにある文学賞を受賞した。

 

 あらゆる挑戦を続け、何処かのタイミングでそれを必ず結実させる中村文則氏の姿勢を、僕は支持する。

 

 これから先も夏が来る度に、僕は中村文則作品を読み続けてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

  

 

キン肉マン

  

 うだる様な暑さの中、保護具を着けて作業している所為か、時間に常に追われているためか原因はよくわからないけれど、ここ最近、ずっと頭が潤けている様な気がする。

 

 仕事の事も、家庭の事も考えねばならない事案は、僕の脳髄の容量から溢れ出る程、あると言うのに、意識はずっと漫然としている。

 

 この秋に、長野で家族だけの結婚式を挙げる事になっていて、その後、すぐにマイホームを購入する予定である。

 

 式の準備と物件探しで休日の時間と、僕の身心が削られてゆく。

 

 その過程で、様々な人と交渉したり、雑多な情報やデータを収集せねばならず、余りの重圧と億劫さから全てを突然、放棄してやろうかと言う気さえしてくる。

 

 数年前まで自分の未来を考える事は、濁り切った河川の底を覗く様な物だった。

 

 今でも、決して澄んではいないんだろうけど、自分の全てを使って、その濁りを何とか濾過してゆかねばと言う気概はある。

 

 どれだけ追い詰められようが、疲弊しようがここで全てを投げ出すわけにはいかないのだ。

 

 会社で仲良くして貰っている人達や、職業訓練学校時代の友人達、大学時代の友人達も、自分の家庭を持っている。

 

 家族を守るために、疲れ切る事もあるだろうに皆、そんな事は一切、表に出さずに日々を送っている。

 

 だから一緒に酒を飲んでいると、ふとした瞬間に“この人も強いんだなぁ”と思う事が多々ある。

 

 先日、深夜にテレビ画面を眺めていると、不意に僕が好きな芸人さんが出てきた。

 

 その時も僕は疲れていて、干上がった意識の中でただ視線を画面の方に向けていた。

 

 経緯はよくわからないのだが、その芸人さんが恋愛に否定的な男達に向けて吠えている。

 

「それはオッパイに興味がないんやない!オッパイを揉むための戦いから逃げてるだけやんけ!」

 

 余りの馬鹿馬鹿しさと、確かな熱量に押されて僕は爆笑し、一瞬にして画面に釘付けとなった。

 

 半分、寝かかっていた嫁さんも笑いながら「何、言ってんの?」と呟いて、上半身を起こした。

 

 深夜に疲弊した人間を、一瞬にして自分の方に向かせるその馬力と熱意が、何だか格好良かった。

 

「サボテンでさえ人を好きになんねんぞ!」

 

「それは、オッパイ揉めへん事を社会のせいにしてるだけやんけ!」

 

「負けるとわかってても、その戦いに参加せなあかん時があんで!」

 

 笑いながらも、魂の込もった叫びが酷く心地良かった。

 

“どんな強敵にも、逃げずに戦う”

 

 幼少の時に見ていた僕の“ヒーロー”も、ずっとその姿勢を貫いていた。

 

 番組が終わったのでテレビを消して、寝る前に少しだけ今日、買った本に目を通す。

 

ダ・ヴィンチ 中村文則大特集”

 

“謀略の太平洋戦争 ~長期戦に引きずり込まれ、残忍な悪役にされた日本~”

 

キン肉マン大解剖”

 

 会社の帰りに京橋で、今日はこの三冊の本を買った。

 

 どれを読もうかと逡巡していると、それを見ていた嫁さんが「あんたの趣味がようわからへんわ」と言った。

 

 確かに嫁さんの言う通り、僕が買ってきた本には全く統一性がない。

 

 先程の芸人さんの雄叫びが、気分を高揚させた所為か、僕のヒーローである“キン肉マン大解剖”を選んだ。

 

 超人オリンピック編、七人の悪魔超人編、黄金のマスク編、夢の超人タッグ編…

 

 小学生の頃、胸を熱くさせたキン肉マンと正義超人達の戦いを振り返る企画。

 

 そして中盤に、当時の少年ジャンプに掲載されたカラー原稿のまま“タイムリミット30分の巻”が丸々、収録されていた。

 

 幾多の戦いの中から、この“タイムリミット30分の巻”をチョイスする所が堪らなかった。

 

 ウォーズマンの必殺技、パロスペシャルでキン肉マンは絶体絶命のピンチに追い込まれてゆく。

 

 しかし火事場のクソ力で何とかそれを破ったキン肉マンが、最後のニページで必殺技キン肉バスターを繰り出しウォーズマンを倒す。

 

 このテンポの良さと迫力は、三十年近くを経た今でも全く色褪せる事はない。

 

 当時、小学生の低学年だった僕が通っていたスイミングスクールから家に帰ってくると、幼稚園児の弟が母に抱きついて泣いていた。

 

「どうしたん?」と聞くと、弟が泣きながら「ウォーズマンラーメンマンの頭をベアクローで刺した」と言った。

 

 弟はウォーズマンスクリュードライバーラーメンマンの側頭部を抉る場面を、テレビで見てしまいショックを受けて泣いているらしかった。

 

「ほんまに残酷なマンガやで」と母が吐き捨てる横で僕は、次にウォーズマンと戦う事になったキン肉マンの身を案じたものだ。

 

 急に懐かしくなり、小学生の頃に祖母に全巻買って貰ったキン肉マンを本棚から引っ張り出す。

 

 もうぼろぼろになったキン肉マンの横にまだ真新しいキン肉マンが置かれているのに気がつく。

 

 キン肉マンは僕が小学生の頃に一度、三十六巻で終わっている。

 

 しかし五年前に復活し、なんと二十数年ぶりに三十七巻が発売されたのだった。

 

 僕はそれを買ったのだが、直ぐに読む気にはなれず本棚に置き、そのまま読まずに忘れてしまっていた。

 

 ちょっと読んでみようかとキン肉マンの新編に手を伸ばす。

 

 表紙裏に書かれた作者、ゆでたまご先生からのメッセージにいきなり心を打たれた。

 

“あの男が活躍した79年~87年、日本は本当に元気でした。少年達もあの男を見て笑い、あの男を見て泣き、本当にパワーに満ち溢れていました。翻って現代、日本はすっかり元気がなくなりました。あの頃の少年達は大人になり、実社会の中で少し疲れ気味です。あの頃の少年達、そしてその子供達に元気を出して欲しい。そのためには、アホでドジだが友情に厚いあの男の再登場しかない!”

 

 確かに衰退国となったこの国の社会で、何とか足掻いているキン肉マン直撃世代の僕達は、疲れているのかもしれない。

 

 その僕達を元気づけるためにキン肉マンが復活してくれると言うのか。

 

 そこから僕は、キン肉マンの新編を貪る様に読み始めた。

 

 正義超人、悪魔超人、完璧超人が平和協定を結んだ直後に宇宙から来襲してくる真・完璧超人軍。

 

 襲って来る真・完璧超人軍に真っ先に向かってゆくジェロニモスペシャルマンカナディアンマン、何故か同じ場所にいるテリーマンは傍観しているだけ。

 

 案の定、一瞬にしてボコボコにされるジェロニモスペシャルマンカナディアンマン

 

 正義超人一のナイスガイ、テリーマンは叫んでいるだけで助けに行く気配すらない。

 

 何もかも、あの頃のままだ。

 

 懐かしさが、込み上げる。

 

 ここでキン肉マン率いる正義超人軍団が現れ、真・完璧超人軍との対抗戦に突入するのがいつものパターンだ。

 

 しかしなんと真・完璧超人軍を倒そうと現れたのはバッファローマン率いる七人の悪魔超人達だった。

 

 このまさかの展開にいきなり僕は、心を鷲掴みにされてしまった。

 

 今までの二十数年のフリを、見事に裏切るこの展開。

 

 何しろ、ステカセキングやミスターカーメン達が、悪魔超人特有の“ケケケケケ”や“カカカカカ”と言った奇怪な笑い声を上げながら、真・完璧超人軍と熱い戦いを繰り広げるのだ。

 

 純粋に面白くて仕方がない。

 

 相変わらず、あれ?こいつ前、死んだんちゃうんかい!と思う所や、バッファローマンよ、お前は正義超人に付いたり、悪魔超人に付いたり、信念ないんかい!とツッコミ所は満載だ。

 

 矛盾だらけで伏線が一つもないとよく揶揄されるキン肉マンだが、作者のゆでたまご先生は雑誌のインタビューで「面白ければ何でも良いんです」と大らかに答えている。

 

 それ所か「今の漫画家は、細かい伏線に縛られてかわいそうだ」とも語っている。

 

 僕達の世代のフェイバリット漫画は、小さく纏まる事を良しとせず、熱量や大らかさが如何に人生を充実させるかを教えてくれる。

 

 僕も疲労が濃いとばかりは、言っていられない。

 

 火事場のクソ力で、この秋に控えている様々な戦いを乗り切ってゆこうと思う。