読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

あしたの鉄人

戦々恐々の日々

浅草キッド1


 今日は、自分にとって特別な物になる筈だった。

 仕事を終えて、足早に最寄り駅に向かうとまた雨が降り始めた。

 梅雨時期なのだから仕方がない。

 そうは思っても、普段と違う日だと位置付けた今日くらいは気持ち良く晴れて欲しかった。

 なかなか何でも、思い通りにはいかないものだ。

 思えば今日は、仕事も有休をとらせてもらうつもりでいた。

 しかしそれも叶わなかった。

 この一年間、断続的にやらせてもらってきた仕事が今、最終局面を迎えていて、そんな時に「用事があるから休ませてもらいます」なんて事は通用しない。

 仕事終わりの疲弊した心身を、引き摺る様にしてミナミの街に向かう。

 ミナミに行くには、天王寺駅で乗り換えをしなくてはならない。

 僕の生活圏内からはキタの街に行くよりも、よっぽど手間と時間がかかる。

 もちろん明日も仕事はあり、余程の事がない限り、平日にミナミの街に向かう事等ない。

 これから僕は、ミナミにお笑いのライブを観に行こうとしていた。

 このライブは、僕がまだ二十代の頃に仲間達と始めた物で、それから十五年以上経った今も、様々な人達に引き継がれて続いている。

 長く続いている事が、良い事なのかどうかは僕には判断がつかないし、自分はもうその場から離れていったのだから何かを言える立場ではない。

 ただ今日のライブに出演する人達とは一時期、とても濃密な時間を過ごした。

 そんな彼らのライブがある今日を、僕は特別なものと位置付けていた。

 しかしそんな僕の感情は今日のライブに出る後輩達には一切、何の関係もない。

 こっちが勝手に過去に囚われて、思い入れているだけの事だ。

 僕や様々な人の過剰な思いに縛られず、後輩達には自由に戦ってもらいたかった。
 
 どんなライブでも、若い世代が過去をぶち壊し、好き放題、暴れ回っているくらいの方が、よっぽど観ていて面白いし健全だと思う。

 心斎橋で嫁さんと合流し、今日のライブがある会場に向かった。

 嫁さんは、後輩達への差し入れを買って来てくれていた。

 何も言っていないのに、こう言う気配りをしてくれるので、嫁さんにはいつも助けられている。

 劇場の入り口に行くと、今日のライブのためにお客さんが出してくれた花が飾られていた。

 ずっと変わらず、このライブのお客さんは暖かいなとも思ったし、そんなに思い入れがあるのかと驚きもした。

 劇場の入り口で開場を待っていると、誰かに声を掛けられた。

 振り返ると僕がまだコンビを組んでいた時代の相方が立っていた。

 相方の横には、今日の出演者である後輩の奥さんもいた。

 二人に僕の嫁さんを紹介する。

 その時に不意にこの前、みんなで家に集まった時の会話が頭に過った。

 皆、相方の事を心配していた。

 相方が芸の世界から身を引いてから、もう一年が経とうとしている。

 その間、彼がこれからの身の振り方について、何らかの動きを起こしたと言う話は全く聞こえてこなかった。

 年齢が年齢である。

 彼はもう三十代後半に差し掛かっている筈だ。

 その年齢での停滞は、彼の人生にとって致命傷になりかねない。

 皆が心配するのも無理はない。

 もう一つ、僕や皆が心配したのは彼がこのライブに囚われ過ぎているのではないかと言う事だ。

 僕にも皆にも、そして彼にもこのライブがかなりのウエイトを占めていた時期が確かにあった。

 しかしそれから数年が経って皆、それなりに前進している。

 このライブがとても小さく、ここで学べる事や出会える人に限界がある事に皆、気づいている。

 以前居た場所から進み、自分の世界が拡大した時に初めて、元の地点の狭さと窮屈さを実感する。

 彼はちゃんとそれを実感できているのだろうか。

 あるいは彼にとっては、まだここが主戦場として存在しているのだろうか。

 そう思うと何か物悲しい気持ちになった。

 劇場の中に入ると、やけに空席が目立っていた。

 その事を、気にすまい気にすまいと思えば思う程、“集客”と言う俗物的な言葉が、僕の頭の中に何度も浮上してくる。

 別に満員にならなくてもいい。

 しかしもう少し客席を埋められたんじゃないかなとは思う。

 この客入りでは、次回はもうないかもしれない。

 昔みたいに自分達で会場を押さえて行うライブではないのだ。

 会社を通して行うライブで、客が入らないとなれば、それなりの判断を下されても文句は言えない。

 劇場の椅子に座りながら、そんな取り留めの無い事を考えていると、場内が暗転となり、ライブが始まった。