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あしたの鉄人

戦々恐々の日々

中村文則と言う流れ

 

 何とか“お盆休み”に辿り着いた時、僕はやっぱり疲れ切っていた。

 

 日常を、熟すだけで疲れた等と言っている自分は何ともみっともない限りである。

 

 上半期は、本当にありがたいくらい仕事が忙しく、家庭の方でも、やっておかねばならない事が手に負えないくらいあった。

 

 当然の事ながら、時は待ってくれる筈もなく、ふと我に帰ると季節が変わり始めている事に気がついたりする。

 

 四季にすら振り落とされそうになっている自分に、危機感を覚えた僕は何とか夏に追いつこうと必死になった。

 

 焦る必用はない。

 

 僕には、夏を体現するための切り札が二つあるのだ。

 

 早速、一つ目の切り札である“甲子園に高校野球を観に行く”を行使する事にした。

 

 数日前、嫁さんが友達と甲子園に行くと言った時には、僕はネットを小まめにチェックし、何とか内野席のチケットを手に入れる事に成功した。

 

 履正社高校、一回戦の内野席のチケットだ。

 

 “転売したろかぃ!”とも何度か思ったが、何とか踏みとどまり、リビングの机の上にそれを置いておいた。

 

 それから数日間は、心なしか嫁さんの機嫌が良かった様な気がする。

 

 自分が甲子園に行くのに再度、あの億劫な作業を繰り返す気にはなれず、とりあえず、職業訓練学校時代の友人を誘って阪神電車に乗った。

 

 就職してもう三回目の夏だが、毎年、夏は職業訓練学校時代の友人達と甲子園に足を運んでいる。

 

 案の定、甲子園に着いてみると外野席しか空いていなかった為、僕達は、強烈な紫外線を浴び続けながら高校野球を観戦する事になった。

 

 僕は学生時代、野球部に長くいたため、若い時は甲子園に足を運ぶと、どっぷりと感情移入する事ができた。

 

 しかし今は、年を重ね過ぎた所為かオッサン同士、会社の話しや住宅ローン選びの話し、嫁さんの話し等をうだうだ話しながら、チューハイや麦茶を飲みつつ野球を観ている。

 

 世間話の最中に試合に動きがあると、それを止めて、野球に集中し急に高校球児の活躍に胸を打たれたりする。

 

 夕方まで試合を観戦し、炎天下で焼かれた体を冷却するために毎年、梅田辺りで友人達と酒を飲んでから帰る。

 

 この一日で、もう僕は十分に今年の夏を味わった様な気になれたのだが、まだもう一つの切り札が残っていた。

 

 もう一つの切り札とは、中村文則氏の小説を読む事である。

 

 僕は、中村文則氏の新刊が発売されたらすぐに買って読むと言う様な熱心な読者ではない。

 

 中村文則氏の本は、僕にとってはなかなか重い印象を受ける物が多く、読んでいる最中や読後にその重力に自我が引っ張られたりする為、手軽に読もうとは思えなかったりするのだ。

 

 ただ四季の中で、何度かは無性に中村文則作品に触れたいと言う衝動が沸く。

 

 それが夏である場合が多く、いつしかこの季節に中村文則作品を読む事で、僕は夏が来ている事を実感する様になっていた。

 

 僕が中村文則作品に出会ったのは、もう随分と前でまだ二十代の頃だったと思う。

 

 当時、交流のあった年上のバンドマンが「中村文則って言うカミュみたいな文章を書くヤツがいる」と僕に話したのだ。

 

 この男は、自分がバンドマンである事に呑み込まれ、あえて毛色の異なる発言や行動を試みるしんどい男だった。

 

 そう感じていた僕も、わかりもしないカミュの“異邦人”なんぞを読んだりしていたのだから恥ずかしい限りである。

 

 芸人を志していた僕も、バンドマンと言う立ち位置に固執する彼も、形から入れば、自分の将来も形付けられてゆくと信じて疑わなかった。

 

 鋭そうな物に触れてさえいれば、自分も先鋭化されてゆく様な気がしていた。

 

 “異邦人”の中で、アラビア人を射殺した男が、裁判で動機を尋ねられて「太陽が眩しかったからだ」と答える有名な場面がある。

 

 それをよくわからないまま、何だか格好良いと感じていた青臭い年頃に、僕は中村文則のデビュー作「銃」に出会ったのだった。

 

 この「銃」を、最初に読んだ時の自分の何かを根こそぎ持っていかれる感じは、読書を長年続けていてもなかなか味わえる物ではない。

 

 ある大学生が、偶然に拳銃を拾ってしまい、その拳銃に魅せられ、振り回され、蝕まれてゆく。

 

 その心情の移り変わりが、延々と描かれる。

 

 決して目にする事ができない人の内面を、白日の下に晒せる所が、小説と言うメディアの唯一無二な武器だと僕は思っている。

 

 その武器を存分に発揮し、人間をとことんまで掘り下げる中村文則氏のスタイルに若き日の僕は、強く魅了された。

 

 また「銃」の主人公である大学生は、とてもリアルで、大学時代の自分や友人達と重なる部分が多く、とても感情移入する事ができた。

 

 「銃」の後に出た「遮光」も、出版されてすぐに読んだ。

 

 「遮光」の主人公は、人に自分をよく見せようとやたらと腐心する若者で、この若い心理にも深い共感が沸いた。

 

 「遮光」の主人公は、自分が憐れに見られないために虚言を繰り返す様になってゆく。

 

 その欲求は、加速してゆき、交通事故で自分の彼女が亡くなってしまった事をなぜか周囲にひた隠しにする。

 

 主人公は、何とか自分の虚言と真実の溝を埋めようと彼女の遺体から指を切り離し、それをホルマリン漬けにして持ち歩く様になる。

 

 この難解な心情の変化を、人はこうなってもおかしくないと言う範疇の中で見事に、中村文則氏は書き切ってゆく。

 

 「遮光」を読んでいる最中に、人によく見られたいと言う欲求は誰にでもあるが、そのために虚言まで吐く様になると、何も得る事等できないんだなと実感したりもした。

 

 この「銃」と「遮光」の二冊を、僕は今まで何度も読み返している。

 

 それからも中村文則氏は、コンスタントに作品を発表し続けた。

 

 僕は、それを自分の欲求が向いた時期に追う様に読んだ。

 

 当然の事ながら、時を重ねる中で中村文則作品は変化してゆく。

 

 その変化の中で、僕には余り響かない物も多々あった。

 

 よく“若くして作家とし成り立ってしまうと、社会人や組織の描き方が甘くなる”と言われるが、それを中村文則氏の著作から顕著に感じる事もあった。

 

 それに加えて、初期の中村文則作品では、あれだけ感情移入できた登場人物達が、作品を重ねる度に特殊になり過ぎ、余り僕には共感できないと言った事が増えてきたりもした。

 

 僕は、長年、お笑い芸人と言う職業の中で生きていて、ネタを見たり、作ったりする時に“常識人”と“狂人”との対比の重要性を叩き込まれてきた。

 

 その所為か、余り身近に感じる事のできない登場人物ばかりが出てくる様になった中村文則氏の著作を見難いと思う事が増えていったのだ。

 

 それでも何冊かに一度、「何もかも憂鬱な夜に」の様にやっぱり、僕の心を強く打つ物もあり、中村文則作品を読まなくなると言う選択肢は僕の中には生まれなかった。

 

 中村文則氏は、本を出す度に必ず何らかの実験や挑戦をし、それが成功を納めようが、失敗に終ろうが、構わず前進し、次作に生かしてゆくと言う強烈な向上心を持っている様に思える。

 

 だから例え今作が自分にハマらなくても、次作ではやってくれると言う一方的な信頼関係を、築く事ができる希有な作家だと僕は思っている。

 

 中村文則作品を読み続けて、十年以上の月日が流れた。

 

 その間には、僕にも様々な変化があり、中村文則氏も売れっ子作家となった。

 

 そんな中で、去年の初夏にある出来事があった。

 

 ある人気番組の“読書芸人”と言う企画で芸人さん達が、中村文則氏の新刊「教団X」を絶讚したのだ。

 

「十年に一度の衝撃を受けた」

 

「様々な知識が、小説の中に組み込まれていてそう言う事だったのかとわかった」

 

 芸人さん達が“教団X”の感想を口にするのを聞いて、僕は嬉しくもなったが、身勝手に心配になったりもした。

 

 この番組の視聴者と、中村文則氏の読者層とは、マッチしない様に思えたからだ。

 

「せめてゴロウデラックスで言うてや…」と内心で呟いてしまった。

 

 しかも“教団X”は、中村文則氏の今までの著作と比べても、格段に長い。

 

 僕は、その時点でまだ“教団X”を読んでいなかったのだが、中村文則氏が“教団X”の中で様々な新たな試みをした事は想像がついた。

 

 メディアで中村文則氏を知った人達が、初めて手にするのが“教団X”と言うのは、どうなんだろうか。

 

 うちの嫁さんまでも、番組を観て“教団X”を読みたいと言い出した。

 

 こうして僕は、去年のお盆休みに実家に帰る列車の中で“教団X”を読んだのだった。

 

 執拗に繰り返される性描写や、多用される参考文献からの引用は今までの作品にはなかった物で、やっぱり中村文則氏は自分の先を見ようと、様々な挑戦を“教団X”の中で行っていた。

 

 今までになく登場人物も多種多様で、しかもどの人間も特殊で、基準点となる人間が全く出てこないので、濃い人物達がお互いの個性を潰し合っている様にしか見えなかった。

 

 太平洋戦争の描写や解釈は、方向が偏り過ぎていて、この時代を扱うにしては雑すぎるなとも思った。

 

 ただやっぱり、人間を真摯に掘り下げ様とする中村文則節は貫かれていて、十分に没頭できる所があったのも事実だ。

 

 如何せん、人気番組での絶讚と言う情報があったため、“教団X”へのハードルが上がってしまっていて、なかなか冷静に判断をつける事が僕には難しくなってしまっていた。

 

 案の定、あるサイトで“教団X”のレビューを見てみると「番組で紹介されていたので読んだが全く面白くなかった」と言う酷評の嵐が吹き荒れていた。

 

 それに対して僕は、強烈な怒りを覚えた。

 

「余多ある本の中から、どう言う理由があれ“教団X”を手に取ったのは自分やないかい!そんなもんは自己責任で、それを面白くないの一言で片付けるとは、どう言う事なのか!」

 

 そんな感情が突発的に沸き上がり、後味が悪くて仕方がなかった。

 

 一度、失敗したり、人の過度の期待に答える事ができなかったりすると、全否定されるのが今の世の中の流れらしい。

 

 この国は、あらゆる面で余裕を失ってしまっている。

 

 今年も、お盆休みに嫁さんと実家に帰る列車の中で中村文則氏の新刊を読んだ。

 

 “私の消滅”

 

 中村文則氏が、“教団X”の中で試みていた事が、“私の消滅”では見事に結実していた。

 

 僕の心は強く揺り動かされたし、中村文則氏が“教団X”の流れを、ぶれる事なく“私の消滅”に繋げて、昇華させている事が嬉しかった。

 

 “私の消滅”は、発売されてすぐにある文学賞を受賞した。

 

 あらゆる挑戦を続け、何処かのタイミングでそれを必ず結実させる中村文則氏の姿勢を、僕は支持する。

 

 これから先も夏が来る度に、僕は中村文則作品を読み続けてゆく。