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あしたの鉄人

戦々恐々の日々

相方 1

 ケータイを片手に玄関の外に出て、階下を覗くと、前の歩道をきょろきょろしながら歩いて来る男の姿が見えた。

 欠かさず筋トレを続けている所為か、長らく続いた運送屋でのバイトによる為なのか、判断はつかないが、相変わらず男のガタイは良かった。

 身なりも小綺麗にしていて、一見するとジム通いを趣味にする実業家の様に見えなくもない。

 数ヶ月ぶりに見る相方の姿は、あの頃と何も変わっていなかった。

 懐かしさと嬉しさが込み上げてきて、僕の顔は自然に綻ぶ。

 一年くらい前にも、相方は我が家を訪ねて来てくれた。

 しかし今回、その時とは別のルートを使った為、相方は道に迷ったらしく、うちの近所から数分前に電話を掛けてきていた。

 僕はすぐにベランダに出て、相方の姿を探してみたものの、高層の建造物に視界を遮られ、彼を確認する事は叶わなかった。

 急に道順を説明するのが億劫になり、いつもの様に頭上を低空飛行している旅客機を見て「とにかく飛行機の飛んでる方にきてや」とだけ言って電話を切った。

 そんな雑な説明が罷り通るのも、相手が相方だからである。

 要らぬ気を此処まで廻さずに済む関係を、なかなか築けるものではない。

 当然の事ながら嫁さんと話す時でも、もう少しは心を砕く。

 相方もいい加減な僕の返答には、慣れたもので「はいー。また近くまで行ったら電話するわ」とだけ言った。

 相方から再び電話が掛かってくるまでの間、僕はベランダで煙草を吸う事にした。

 紫煙の隙間から絶え間なく秋空を横切ってゆく、飛行機の巨大な腹が見える。

 相方と久し振りに話した所為か、不意に数年前の事が思い出された。

 当時は思う様にならない現実に日々、無駄に疲弊していた様な気もするが、何故か蘇ってくる相方と過ごした時間は、どれもこれも楽しいと思える事ばかりだった。


 その日ー

 僕達は後輩の構成作家に連れられて、心斎橋にある“大阪プロレス”の道場に向かっていた。

 当時、あるライブで相方が様々な物を相手にプロレスの試合をすると言う企画が行われていて、それはなかなか評判が良かった様だ。

 椅子から始まった相方の対戦相手は、ライブを重ねる毎に傘やラジコン等に変化していった。

 僕は新日本プロレスのTシャツを着て、相方のセコンドに付き、試合が始まるとレフェリーとしてその試合を裁いた。

 前回のライブでは、相方の対戦相手はロープだった。

 ロープが、相方のチョークスリーパーに堪らずロープブレイクをすると言う混乱した試合を制し、相方がすかさずマイクを握って叫んだ。

「次はアメ車とやってやっぞ!バカヤロー!」

 相方の叫びに呼応して、劇場内に充満していた何かが弾け飛ぶ。

 ひしめき合った大勢の人達が、声を上げて一斉に笑い出す。

 辺りを見回すと、同じ舞台にいた芸人達も崩れ落ちて笑っていた。

 数百人もの人が同時に発する笑い声と言うのは、前向きな破壊力に満ち、迫撃弾でも間近で炸裂したかの様な衝撃さえ感じる。

 そのパワーは苛烈で、舞台の床が揺れ、機材に被われた天井すら軋んでいる様な錯覚さえ起こす。

 沸騰した気流の中心に自分が、存在している事が芸人として何より嬉しい。

 そしてこのうねりを、我が相方が起こしたのだと思うと、とても誇らしかった。

 数日後、そのライブの担当である構成作家から連絡が入った。

「次の試合を、アメ車とやるのは流石に無理です。その変わり、大阪プロレスの本物のレスラーとやってもらいます!」

 そんな構成作家の言葉を聞き、僕達は酷く混乱し言葉を失った。

 まず本物のプロレスラーが、若手の劇場に出演してくれる等と言う事は聞いた事がなかったし、

 三十を超えたオッサンが、椅子やロープと真剣にプロレスをやるからコントと言う範疇に納まるのであって、相手がレスラーとなれば、それはもうただの“試合”なのではないかと言う強い疑問が沸いてきたのだ。

 しかしすぐに自分達が置かれた状況の滑稽さに耐え切れなくなって、僕達は二人で爆笑した。

 僕も相方も熱心なプロレスファンで、会話の半分以上をプロレスの事が占めていた時期があった。

 そのため大阪プロレスの道場を訪れる前は浮かれてしまい、傍から見たら恥ずかしい程に二人ではしゃいだ。

 しかし大阪プロレスの道場に入った瞬間、自分達が思い描いていた展開が、大きく間違っていた事に気が付いた。

 レスラーの皆さんが優しく、僕達を道場に招き入れ、和気藹々と打ち合わせが進み、帰り際にサインでも戴いて帰れると僕は甘く考えていた。

 正直に言うとプロレスファンと言っても、僕も相方も、新日やノアや全日と言った所謂、メジャー団体の事にしか明るくなく、大阪プロレスの所属選手は、えべっさん、食いしん坊仮面、そして小峠選手と原田選手からなる“桃の青春タッグ”くらいしか知らなかったのだ。

 それなのに前夜に時間があったにも関わらず、舞い上がっていた所為で、大阪プロレスの事を事前に下調べもせずに此処へ来てしまっていた。

 しかも僕は胸にライオンマークがプリントされた新日本プロレスTシャツを着ていたし、相方は相方でグレートムタのTシャツを着ていた。

 これはよく考えると、阪神の法被を着て巨人の練習場に乗り込む様な物だ。

 相手側に良い印象等、与えられるわけがない。

 案の定、大阪プロレスのスタッフさんは僕達に何の反応も示さず、事務的に道場の中へ案内した。

 道場の中央にリングが設置されていて、その上で数人の所属レスラーの方が、本番さながらの激しい稽古を行っている。

 当たり前の事だが、道場の空気は隅々まで張り詰めていて、僕達が入り込む余地等、あろう筈もない。

 鍛え抜かれた肉体の威圧感と、余りの練習の迫力に押されて、僕達は完全に飲まれてしまった。

 僕達と構成作家は、道場の端の方で何か声を掛ける事もできず、ただただ息を潜めて、リング上を見つめ続けた。

 僕はリング上に“桃の青春タッグ”の二人がいる事を発見し、小峠選手と原田選手にだけ視線を集中させた。

 若い二人が必死になって、練習に取り組んでいる。

 その姿を見ていると、浮かれるだけ浮かれて、調子に乗り倒していた自分が、急速に恥ずかしくなってきた。

 稽古が一段落着き、レスラーの人達がリングから次々と下りてくる。

 レスラーの人達がちらちらとこちらに向けてくる視線に、厳しい物が含まれるている様な気がする。

 この仕事をブッキングした構成作家が、稽古を指導していた年輩のレスラーに駆け寄り、何事か言葉を交わす。

 よく考えたら僕達は今日、この道場に何をしに来たのだろうか?

 次のライブで相方と対戦するレスラーの方と、顔合わせをするくらいの心持ちで僕はいた。

 ただ顔合わせくらいなら、大阪プロレスの事務所でも十分に事足りる筈だ。

 何故、道場の内部にまで入り込む必要があるのか?

 僕達の立場に置き換えてみると、何者かわからない部外者が劇場にやってきて、ネタ合わせを遠くからずっと見ていたら、決して良い気分にはならないだろうと思う。

 何らかの話がついたのか、小走りで僕達の元に構成作家が戻ってきた。

「今から椅子とできますか?」

 何故か目を血走らせて、構成作家が言う。

「何処で?」

「リングの上です!」

 構成作家のその言葉に相方は、黙って頷き、素早く手の甲にテーピングを巻き始めた。

 今から本物のリングの上でプロレスラーだけが見詰める中、自分達のネタを披露する。

 急にそんな状況に陥り、僕の脳髄は酷く混乱した。

 オタオタする僕には目もくれず、相方は淡々と準備を整えている。

 普段、恐ろしく繊細な相方だが、実は土壇場に強く、腹を決めるのも早い。

 逆に平常時には何も考えてないし、図太い等と言われている僕の方が、勝負所では脆く、本番にも弱かった。

 後輩の構成作家も、それをよくわかっていて、しきりに「大丈夫です!いつも通りやって下さい!」と僕にばかり気合いを入れてくる。

 いつも通りも何も、僕は相方の邪魔にならない様に動き、レフェリーの真似事をするだけなのだ。

 何故か何度も、構成作家の後輩に背中をさすられ、何とも言えない気恥ずかしさに苛まれた。

 準備を終えて、相方と共にリングに向かう。

 プロレスラーの方達が、僕達のネタを見ようとリングの下に集まってくれている。

 しかしそこに好意的な空気は流れていない。

 プロレス界はエンターテイメントとスポーツの間で、微妙なバランスを保ちながら存在している世界である。

 そのため世間からの風当たりや偏見も強い。

 特にこの当時は新日本プロレスの人気も今の様に爆発しておらず、急激に大衆の心を掴む事に成功した総合格闘技にプロレス界全体が一気に隅の方へと追いやられていた時代である。

“芸人だか何だか知らんが、プロレスをなめる様な真似だけはするなよ”

 辺りにいるレスラーの視線が、そう言っている様に僕には感じられた。

 自我が必要以上に昂っている所為か、初めてリングに上がった感動等は微塵も味わえない。

 ただ心地良いマットの弾力性に、相方がいつも以上のパフォーマンスを発揮するだろうなと確信した。

 相方は普段、固い劇場のフロアーの上へパイプ椅子の捻りの効いたバックドロップで投げ落とされているのだ。

 この軟らかいマットの上なら、何も気にする事なく、豪快な受け身を取る事ができる。

「お願いします!椅子と闘うプロレスラー!」

 リングの上で、僕は絶叫する様にそう叫んだ。

“俺らだって本気なんやぞ”

 そう言う思いを込めた。

“カーン!”

 誰が叩いたのか本物のゴングの音色が響く。

 その余韻が残る中、相方が勢い良くロープに向かって走る。

 巧くロープの反動を利用して、相方はスピードの乗った見事な倒れ込み式ラリアットをパイプ椅子の喉元に全力で叩き込んだ。

 劇場ならいつもは、ここで笑い声が起こる。

 しかし今日は「オォ!」と言う野太い声が聞こえた。

 相方のよく研究された本格的なラリアットフォームと、腕の一本や二本、ここで折れてもいいと言う極端な覚悟とが、同時にレスラーの方達に伝わった様だ。

 野太い「オォ!」と言う反応には、そんな感嘆の思いが確かに込もっていた。

 それからは、相方が技を繰り出したり、受身を取る度に、リングサイドから「オォ!」と言う反応があった。

 そしてその野太い「オォ!」は、相方のライガーボムがパイプ椅子に炸裂した所でピークを迎えた。

 パイプ椅子が何とかそれをカウントツーで返し、僕が大袈裟に“今のはツーだ!”とジェスチャーで伝えると観客席からは失笑が漏れた。

 最後はパイプ椅子が相方を大逆転の、スモールパッケージホールドで丸め込み、僕がマットを素早く三回叩いて、試合は終了した。

 その瞬間、レスラーの方達が長い拍手を僕達に送ってくれた。

 リングサイドの皆が笑っている。

 相方がリングを下りると、レスラーの人達が寄ってきて握手を求めてきた。

 しかも相方は「いつもは何処でネタをやられているんですか?」とレスラーの方に聞かれている。

 僕はついでと言う感じで握手をされ「レフェリー!最後のカウント早いよ!」等といじられまくり、ろくな返しもできずにただ立ち竦んだ。

 その後、僕達は相方と対戦するレスラーの方を交えて打ち合わせをし、道場を後にした。

 同じエンターテイメントを志すレスラーの人達とわかり合えたと言う高揚感は、その後、数年もの間、僕の根幹を支え続けたー


 煙草を吸い終えて、旅客機が頭上を幾度か通過して行った後に、相方から電話が掛かってきた。

「マンション見えたぞ!」と相方が言うので僕はベランダから出て、リビングを横切る。

 今、自分が身を置いている時間が決して薄いとは思わない。

 しかしあの頃、相方と共に過ごした時間は、密度やら感情やらが過剰な程、濃く深かった様な気がする。

 それも渦中から出て、初めて感じられた事だ。

 玄関側に出て、階下を覗き込むと相方の姿が見えたので僕は手を振った。

「こっち見えるか?」と電話で言うと「見える見える。相変わらず高い所から、手を振るのが似合う男やな」と相方が返してきた。

「言われた事ないわ!生まれてから一回も高台から手ぇ振った事ないどぉ!」

 久し振りに全力で突っ込むと、電話の向こうから、けたけたと笑う相方の声が聞こえてきた。